辛辣な言葉が飛び交った。それでもリリースに至ったのは…。

 日常を切り取り、どんな人のそばにでも寄り添って歌う5人組バンド“wacci”が、昨年8月に配信したシングル「別の人の彼女になったよ」が、リリースから10ヶ月経った今も尚、話題となり続けております。MVは総再生数が530万回を突破、コメント数はなんと4,000件超え。歌ネットでもウィークリー最高8位を記録とますます歌詞の注目度が上昇中なんです。
 
 尚、YouTubeのコメント欄にはユーザー自身の恋愛エピソードが次々と投稿され、なかには“36,000いいね”を記録する超ド級のエピソードも現れ、SNSで拡散されていきました。さて、そんな名曲「別の人の彼女になったよ」の歌詞エッセイを、ついにボーカル・橋口洋平本人が執筆!今日のうたコラムで、お届けいたします。是非、ご熟読を…!

~「別の人の彼女になったよ」歌詞エッセイ~

“好き”と“幸せ”は必ずしもイコールではなくて
でも両方とても大切で。
忘れられない恋愛より
自分のための恋愛を選んだ人の
少しだけ後ろを振り返る歌です。
前の彼氏はこういう人。
今の彼氏はこういう人。
書いたのはそれだけ。
最後は少し気持ちを吐露してますが、
このシチュエーションの奥にある心理描写は
あなたに委ねます。
wacci初の、女性目線で描いた一曲。
是非聞いてみてください。


 これは「別の人の彼女になったよ」という曲に対して、僕が書いたセルフライナーノーツである。なんかもっともらしいことを、改行多めで「っぽい感じ」で書いているが、要は色んな受け取り方があっていい歌ですよ、と、基本的にはこの歌の答えはあなたに丸投げしますよ、と、伝えたかったのだ。

 書き手である僕が断定的に説明してしまうと、この歌の持つ可能性が狭まってしまう気がして怖かった。それくらいこの「別の人の彼女になったよ」という曲は世に出る前から、賛否両論色んな意見をもらっていたし、よくわからないが何か力を秘めた曲として存在していた。

 「別の人の彼女になったよ」を作ったのは、周りにこの歌の主人公のように思っている女友達が少なからずいて、そんな話を立て続けに聞いたことがきっかけだ。今彼氏がいて、その彼は年上で包容力があって、大切にしてくれて優しくて仕事もしっかりしてて、人間的に尊敬できる部分がたくさんあって。何の不満もないはずなんだけど、少し息苦しさを感じていて、見合うような女性でいなきゃとちょっぴり背伸びをしている自分に気づいていて。

 そんな時にふと、長年付き合っていて、一緒にいて楽で、馬鹿みたいに笑いあえる瞬間がたくさんあって、かっこ悪い部分を存分に見せあえて、甘えあえて、許しあえた、一般的には「ダメ男」と言われても仕方ないタイプの元彼を、なんか思い出してしまう。

 そんなことを話してくれる人が周りにたくさんいた時期があった。だいたいみんな30歳前後。人生は恋愛が全てではないが、恋愛に重きを置いている人ならば「結婚」や「将来」についても具体的に考えるようになる時期であり、恋愛に対する価値観が変わるタイミングでもあるのかもしれない。

 しかし彼女たちはみんな、それでも元彼とは戻る気などさらさらなかったし、例えヨリを戻すことになっても、必ずうまくいかないことをわかっていた。さらに言えば、自分達は今「幸せ」であるとすら、感じていた。あくまでつぶやきであり、ぼやき。「好き」と「幸せ」は必ずしもイコールではないこと、過去が少し輝いて見えるのは「ないものねだり」であることを、もう知っていたのだ。

 そんな話を聞きながら、なるほどなるほどと、わかったような感じで頷いていた時に、自分のiPhoneメモに記録してあった「別の人の彼女になったよ」というフレーズを思い出した。この話をあくまでヒントにして、元カレへの想いを「別の人の彼女になったよ」という歌い出しで歌ってみたらどうだろう。

 未練があるようにも聞こえつつ、言い切らずに終わる歌。彼女たちのような絶妙なバランスの気持ちも汲みつつ、はたまたそれが強がりにも、逆に本音にも聞こえるような歌。まあ少し話を盛っているが(そこまで考えてたかは定かではない笑)、そういう物語をその時書ける気がしたのだ。数日後、半日くらいで書いた。ここまでテーマが決まっているととても早い。

 しっかり者の今の彼氏と、ダメだけど明るく、憎めない元彼。そしてその間で揺れる自分。未練の歌ととるか、逆に元カレへの決別の歌ととるか、一瞬立ち止まって振り返っているだけの歌ととるか、そこはしっかりとは言わず、でも誰もがわかるシチュエーションを描きながら展開していった。そして、言葉を想いが追い越しているようにも取れる、最後の1行をさして、この歌を終わりにした。
 
<あなたも早くなってね 別の人の彼氏に 私が電話をしちゃう前に>

 出来上がった時は久しぶりの満足感があった。しかしその後すぐに「大丈夫かなこれ」という不安に包まれた。女性目線で、ここまで踏み込んだ歌を出すのは、リスクも大きいと感じたからだ。案の定スタッフからは否定的な意見をたくさんもらった。「wacciっぽくない」「こんな歌誰が聞きたいの?」「なんか聞いてて嫌な気持ちになる」と、これまでにないほど辛辣な言葉が飛び交った。

 それでもリリースに至ったのは、メンバー全員がこの歌を信じて猛プッシュしてくれたこと、そしてスタッフも「これだけ賛否両論が沸き起こるということは、何かあるかも?」というまだ見ぬ可能性にかけてくれたというところが大きい。

 たくさんの人に届くように、シンプルでまっすぐな、誰も傷つけない言葉を選んできた僕らwacciにとって、大好きだと言う人と大嫌いだと言う人が早い段階から同時に発生しているこの歌はすごく新鮮で、なんだかんだ言いながら、皆なんとなくワクワクしていたように思う。「別の人の彼女になったよ」は、結局元のデモから歌詞も一字一句変えることなく配信シングルとしてリリースされた。

 結果としてこの歌は、さまざまな聞かれ方をされて広がっていった。女性であれば、単純に元カレへの想いを歌った切ない歌と捉えてもらったり、逆に今の彼氏がいるのに元カレへの想いをなんか正当化しちゃってる嫌な女の歌とも捉えられたり。男性であれば、自分の前の彼女に重ねて聞くと染みるという声や、逆に自分を今の彼氏に重ねて聞いて、ちゃんと好きで誠実に向き合ってるのに、こう思われてたらと思うと泣けるなんて感想ももらったりした。

 一度最後まで聞くと未練たっぷりの歌になっているのだが、初めて聞くと1番のサビまではその真逆の歌に聞こえる感じも、きっと多角的な聞かれ方をする要因だと思う。そしてそれはきっと、未練とは少し違う想いをヒントにして書き始めたからではないかと、今になって思う。

 とにかく、好きと嫌いを色んなところで生み出しながら、僕ら史上類を見ないペースでこの歌は届いていった。今なお、たくさんのミュージシャンにカバーもされながら広がり続けている。踏み出してみて、リリースしてみて良かったと、心から思う。

 ところで、この歌を語る上で一番議題に上がるのが、最後の1行についてだ。「彼女は電話をするのか、しないのか」というところ。面白いほどにこの答えが分かれてくるのが、この歌の面白いところだ。この歌を書いたきっかけは上記に記した通り。きっと僕に元カレへの想いをこぼしてくれた彼女たちは電話をしないし、今はもうそんな想いを抱いていたことすら過去のことかもしれない。
 
 しかし、これはそんな話をヒントに僕が書いた物語であり、歌である。この歌の主人公がどんな答えを出して、どんな人生を歩んでいくのかはやはり、あなたに委ねたい。歌はリリースしてあなたに聴かれた瞬間から、もうあなたのものなのだから。

<wacci・橋口洋平>

◆紹介曲「別の人の彼女になったよ
作詞:橋口洋平
作曲:橋口洋平