私はZOOMをおそらく20分で切り上げ、翌日早々に、この曲を作った。

 2020年11月11日に“熊木杏里”がニューアルバム『なにが心にあればいい?』をリリースしました。思うように外にも出られず、不安や焦燥を感じてしまう世の中になってしまった今だからこそ、レコーディングというものにライブを込め、アルバムとして届けよう。そんな想いが強く形となって出来た今作。珠玉の11曲をじっくりとご堪能あれ…!

 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“熊木杏里”による歌詞エッセイを3週連続でお届けいたします。今回は第1弾に続く第2弾。綴っていただいたのは、新曲「青葉吹く」に通ずるお話。皆さんには、時を経たからこそわかる“失ったかもしれない気持ち”と“手にした気持ち”はありますか…? あの頃の自分と今の自分を思い浮かべながら、このエッセイと歌詞を受け取ってください。

~歌詞エッセイ第2弾~

心が振り出しに戻ったようだった。スタジオで、みんなの演奏を聴きながら歌った時、嬉しくて涙がこみ上げた。(秘密)

デビューの頃、初めて自分の曲が盛大にアレンジされ、プロのミュージシャン達がスタジオでそれを奏でるのを聴いた時、20歳の私は泣いたのだ。その時のことは今でも覚えている。感覚はそれに似たもので、何だか自分でも驚くほどに、そうか。。私は音楽が好きなのだなと感じた。(秘密、、)

高校時代の苦い日々が、私に音楽への道を照らしてくれたのだが、暫くは、それを引きずって生きていたように思う。デビューしてからも周りの人達との付き合いが上手く行かない日々だ。言葉が萎縮したり、この人に言っても仕方あるまい、と心の中の自分だけが友達のように過ごしていた。

曲作りは、そのせいもあって、悲しいほどに捗った。歌詞にしてゆくことで報われる気がした。ひとり暮らしの日々は、親や友達にも中々会うこともなく、そうして遮断された人間関係と孤独に勤しむ曲作りで、ある意味充実していた。

今年、自粛が言い渡されてから、一度だけ、高校の友人たちに誘われてZOOM飲み会に参加した。それまでも、時々会ったりはしていたが、いつもほんのり躊躇する自分がいた。だけどこの日は驚くほどに、和やかな自分がいた。画面の向こう側には、子供たちが映り込み、すっかり家族の風景になった友人達がいた。あぁもうあの頃の荒んだ気持ちはどこにも吹いていない。みんないい顔しているなぁと心が暖かくなった。

同時に、失ったかもしれない気持ちと、手にした気持ちがあるだろうと、そう感じた。私は、私たちはあの頃、どんな言葉を話していたか。なにに傷つき、痛んでいたか。その時の声は、もう聞こえない。

けれど、今だから聞こえる声が確かにある。それを簡単な言葉に置き換えるのは好きじゃない。だってそれなりに、時間がかかって辿りついてきたのだから。

私はZOOMをおそらく20分で切り上げ、翌日早々に、この曲を作った。
青葉吹く

<熊木杏里>

◆紹介曲「青葉吹く
作詞:熊木杏里
作曲:熊木杏里

◆『なにが心にあればいい?』
2020年11月11日発売
初回限定盤 YCCW-10376/B \4,800+ 税
通常盤 YCCW-10377 \2,727+ 税

<収録曲>
1. life
2. 幸せの塗り方
3. ことあるごとに
4. 星天の約束
5. 光のループ
6. 一輪
7. 見ていたいよ
8. ノスタルジア
9. 青葉吹く
10. 雪~二人の道~
11. 秤