見つめ続けてきた誰かの素顔の中に、わたしの素顔を探したくなった。

 2020年7月8日に“杏沙子”がニューアルバム『ノーメイク、ストーリー』をリリースしました。今作はアルバムタイトルが表すように、女の子が内側に秘めている隠しておきたい気持ちや、見せたくない姿を描いたリアリティ溢れる10編の物語が紡ぐように歌われております。前作で各所から称賛されている圧倒的なポップネスはそのままに、繊細に揺れ動く感情を表現することにも挑戦した進化版とも言える一作です。

 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“杏沙子”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾。綴っていただいたのは、初のドラマ主題歌として、ドラマ『ランウェイ24』に書き下ろした「ファーストフライト」にまつわるお話。これまで“架空の誰かの言葉”で曲を作ってきた彼女の、とある転機とは…。是非、歌詞と併せてご堪能を…!

~歌詞エッセイ第1弾:「ファーストフライト」~

思い出す景色のほとんどが車の中だ。小さい頃から人の顔色ばかり見て生きてきた。誰からも、愛されていたい。目の前にいるこの人はいま、本当は何を考え、何を感じているか。そればかり考えて、伝える言葉を選んできたように思う。でも、家族と一緒の車の中で出会う音楽は、いつだって自由だった。メロディーに乗せれば、どんな言葉だって伝えられ、どんな気持ちだって不思議と受け入れてもらえる気がした。

自分で曲を作るようになったわたしは、わたしではない架空の誰かの言葉で、架空の誰かの物語を書いてきた。それが間違っていたとも、臆病だったとも思わない。でも今思えば、誰からも愛されていたいからこそ、誰のものでもない物語を歌いたかったのかもしれない。

1st album『フェルマータ』をリリースした後、もっと自分だから作れるものがあるのではないかという小さな期待感と、先の見えない不安感、自分自身の解放願望とその勇気がない弱い自分へのもどかしさで悶々としていた。

そんな中、初めてドラマ主題歌の書き下ろしの話をもらった。私と同世代のパイロットを目指す女の子が、何度も挫折をしながら、揺るがない夢へのエネルギーを支えに、挫折を成長に変えて夢に近づいていくストーリー。

架空の物語を書いてきたわたしにとって、まさに架空の物語を映像化したドラマに合わせた曲を書くことはそんなに難しいことじゃないと過信し、「ぜひ書かせてください!」と言った。女性のパイロットかぁ、かっこいいなぁ。ドラマチックな曲が書けそうだ。そう思ってわくわくしたのを覚えている。

いざ書き始めてみる。「空」を舞台にした曲にしたい。パイロットの彼女の目にはどんな景色が見えているんだろう。そう思って目をつぶったわたしに見えたのは、東京から故郷の鳥取に帰るときに乗る飛行機の窓からいつも眺める、とてもとても美しい、でも、孤独な景色だった。あまりにも大きすぎる終わりのない世界。進んでも進んでも、進んだ実感が得られない世界。

目の前に道はない。目的地も見えない。決められた正解もない。どこに辿り着くのかわからない。ただただ、自分だけを信じて進み続けるしかない世界。でも、必ず目指す景色が存在する美しい世界。いつもは明るくて強気だけど人知れず不安と闘っている彼女が見つめる景色は、今、わたしが身を置いている世界でもあった。

目を開けて現実に戻る。ということは、彼女とわたしが感じていることも同じなのかもしれない。わたしが今、リアルに感じていることを素直に書けば、主人公の彼女の曲になるのかもしれない。

これまで開けなかった扉を開けるような不安。でも、あくまでもこのドラマの主人公、架空の誰かの曲だから。と自分に言い訳をして、その扉を開けてみることにした。

今、わたしがこの世界でリアルに感じていること。不安、迷い、焦り、それにともなって生まれる悩み、苦しみ、悔しさ。デビューしてからより、この感情たちと共同生活するようになった。でも、この感情をそのまま曲にしていいんだろうか。

何日か考えている中で気付いたことは、この感情は永遠に同じ形で自分の中には残らないということだ。いつの間にかやつらはいなくなっている。大体、あんなこともあったよなぁといつしか自分の中で笑い話になっている。マイナスだと思っていた感情が、プラスに変わっているのだ。この世界が大好きで美しいと思える限り。この感情たちをすべてプラスに変えてみることにした。

“不安なのは今、未来を見てるから
逃げたいのは今、戦っているから”

“迷うのは今、諦めきれないから
苦しいのは今、変わろうとしてるから”


そうして出来上がったのが
ファーストフライト」という曲だ。

「この曲で受験を乗り越えました」「大事な日に必ず聴きます」そんな言葉をもらった。正直、どう受け止められるのか不安だったから、驚きと一緒に感じたことのない喜びを感じた。本当にうれしかった。ドラマの主人公の気持ちだから、とごまかして書いた自分の感情が、誰かに重なって深く浸透していく。はじめての、不思議な感動だった。

これまで見つめ続けてきた誰かの素顔の中に、わたしの素顔を探したくなった。わたしはわたしの言葉で、わたしの物語を書きたくなったのだ。隠しておきたい感情、言えなかった言葉、恥ずかしい気持ち、情けない自分。わたしの中にあるその“本当”は、もしかすると誰かの“本当”かもしれない。

そう気付いた瞬間から『ノーメイク、ストーリー』は始まった。

<杏沙子>

◆紹介曲「ファーストフライト
作詞:杏沙子
作曲:幕須介人

◆2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』
2020年7月8日発売
初回限定盤 VIZL-1772 ¥4,000+税
通常盤 VICL-65383 ¥3,000+税

<収録曲>
1.Look At Me!!
2.こっちがいい
3.変身
4.クレンジング
5.見る目ないなぁ
6.outro
7.交点
8.東京一時停止ボタン
9.ジェットコースター
10.ファーストフライト