備忘録。

 2020年9月2日に“ヒグチアイ”が自身初のベストアルバム『樋口愛』をリリースしました。彼女は、静と動が混在するスリリングなライブステージで、聴く者に呼吸することを忘れさせてしまうくらいの表現力持ったアーティスト。自身の活動キャリアから名曲の数々を選りすぐった作品となります。新曲「八月」「東京にて」の2曲も収録…!

 さて、今日のうたコラムではそんな最新作をリリースした“ヒグチアイ”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾に続く、第2弾です。綴っていただいたのは収録曲「備忘録」に通ずるお話。この歌詞の背景を、想いを、リアルを、是非彼女の言葉から感じてください。
 
~歌詞エッセイ第2弾:「備忘録」~

「俺、25歳で売れてなかったら死ぬww」と言っていた大学の同級生は、30歳になった今、音楽をやめて結婚をして子どもができて、順風満帆に暮らしている。

当時、19歳のわたしは、大学のジャズ科に通いながらポップスを歌っていたので、先輩には白い目で見られていたし、先生には「お前の声はジャズ向きだからジャズシンガーになれ」と言われていた。天邪鬼なわたしは、絶対にポップスで売れてやるのだと思いつつ、売れなかったら死ぬと言えばその言葉に首を絞められるだけだから、とのらりくらりと話をかわしながら、内なる炎を消さないように歌を歌い続けてきた。

きっとあの頃も変わらず、冷めていたのだと思う。遡れば中学生の頃から冷めていた。ずっとここじゃないどこかに行けば、みんなみたいに笑い続けられる居場所があるんだと思ってた。

悲しいけど、そんなユートピアは存在しない。そこに行きたいのなら、今いるその地を開拓するしかない。汗水垂らして、自分の力で、作っていくしかない。しかもそれは、いとも簡単に壊れてしまうアンバランスな国だ。

冷めていることは、なにも良いことじゃない。(と今は思う。今後変わるかもしれない。) いつでも面白いと思うハードルは下げておくべきだし、何事にも前のめりでいるべきだ。売れてなかったら死ぬ、って言ってしまえば、死ぬ気で売れようとしたかもしれない。今となっては、全て過ぎてしまったことだけど。

わたしは、言葉にがんじがらめにされることがこわい。最近はSNSでの誹謗中傷問題がよく話題にあがるけど、わたしからしたら、発した言葉に支配されないで済むことが信じられない。誰かに向けた言葉を一番近くで聞いてるのは自分なのに。言葉として自分から離れても、なかったことにならないことなんて、自分が一番よく知っているはずなのにね。

言葉を使う代わりに使われている。なんか等価交換のようで、わたしにはしっくりくる職業である気がする。ソングライターってのは。

<ヒグチアイ>

◆紹介曲「備忘録
作詞:ヒグチアイ
作曲:ヒグチアイ

◆BEST ALBUM『樋口愛』
2020年9月2日発売
TECG-33130 ¥3,000-(tax out)

<収録曲>
1. ココロジェリーフィッシュ
2. 前線
3. 東京
4. まっすぐ
5. わたしのしあわせ
6. ラジオ体操
7. 猛暑です- e.p ver -
8. 八月(新曲)
9. 黒い影
10. わたしはわたしのためのわたしでありたい
11. 最初のグー
12. 備忘録
13. 東京にて(新曲)